Just another melancholic director's diary

メンヘラ部長日乗

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地方でタクシーに乗ったときのお楽しみ

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別に田端某にも堀江某にも興味ないんですが(堀江君は駒場寮でフランス語の辞書をめくっていたときの姿がよかった)、商機をという観点からすると、この発言はおいしい。

簡単な話で、「集中時間を買う」云々以前に、道を訊かれるのが嫌だとしたら、道を訊いたら(集中時間云々とは別に)50円でも100円でも割り引けばよく、その仕組みを考えればいい。同時に、道を訊かれないためのノウハウをタクシー会社に売ればいい。

その上で、集中したいなら集中時間を売るタクシーのセグメントを設ければいい。事前に緯度経度を指定して迎えてもらって(何のことはないエグゼクティブ向けのリムジンサービスです)、運転手は黙るような気を遣ってほしいのでしょう。確かにそのニーズはあり得る。

 

ただ僕は違うと思う。確かに、話/呼吸が下手な運転手はいる。腹の立つこともある。だがそれが人間だ。僕らがしょうがなく商いをやっているように、彼ら彼女たちはしょうがなくタクシーの運転手をやっているのだから仕方あるまい。僕は地方出張の際にタクシーの運転手さんと地場ならではのとりとめのない、よもやま話をすることを楽しみにしている。例えはよくないかもしれないが、タクシー運転手は裏風俗の道案内人だったりすることもある(足を運んでいるとは申しておりません)。

それから、やっぱり「相互の」コミュニケーション能力の養成というのはある。これはもう日々の精進で、嫌ないいかただけれど、わりかし大きな商社で部長職になってしまうと、地場の市況感、肌合いというものがどうしても薄れがちになる。タクシーの運転手さん、あるいは場末のキャバクラというのはその点ほんとうに重宝して(差別的選民的なニュアンスが出ていたとしたら申し訳ないその意図はない俺は百姓造園業の倅だ)、「ほんとうに」儲かっているのはどこの何という店で何ちゃんで、というのを教えてくれたりもする。

こちらから、東京の景況や風土、諸々を地方のタクシーで、キャバクラで、話すと存外、喜んでもらえることが多い。それは後々になって、例えば絵葉書1枚の交換だとか、次にお店を訪問したときに特別な魚を食べさせてくれるとか、活かすも殺すも、それは商い人のセンス次第ではないだろうか。みすみす頭越しに否定したつもりになってどうしようというのだろう。

 

集中時間だとか、提供価値だとか、IR風の四字熟語ではわからない、もっとこう、ベタな世界というのがおそらくある。商売でも人の心(文学だ)でも同じことだと思う。そこをこう、うまくやるのが、商人の心意気だと僕は習った。

堀江の文は読む気もしない。もちろん田端の文も読む気もしない(ふたりとも僕からしたらなかなかの低学歴だから。僕の集中時間を削がないでくれたまえw)のだが、たまたま目に入ったので仕方なく書いている。

「とことん現場やで」「人の心を分かるようになってください」と、僕の商社の恩師は常々、ことあるごとに天狗の鼻を戒めて下さった。叩き上げの方。年間160億円、1千億円、3兆円の売上も1円1銭から。

今回のような記事/ツイートを目にするたびに、僕は道を外れないでここまで来ることが出来て、つくづくよかったと思う。金をもっているはずのに、なぜ心が狭く貧しくなってしまうのだろう。

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